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黒潮文化の流れ
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京都のツアーも終わりに近づき、浜松に行く前に沼津部族回帰の時にも来てくれた磐田に住むきみちゃんに連絡を取った。電話越しに天狗に纏わる話しをするときみちゃんは家の近くに大きな天狗の壁絵があるよと言った。それは是非とも見に行かなくては!
という事で浜松に行ったときに隣町の磐田の天狗に会いにきみちゃんに案内してもらい行く事に。
普通の街中を車で走っていく。???こんな所に天狗がいるのだろうか?しばらく走ると川に架かる橋があり、その脇にある小さな駐車場に車を止め川沿いを歩いていくが、ここは街中だ。
「これこれ」ときみちゃんが指す方向には、只のビルに描かれた20mはあろうかという巨大な天狗の絵。

見上げた瞬間、この天狗の絵が何を意味しているのか?どのような目的で書かれているのか?はっきりと伝わってきて、胸が詰まる。

この天狗は鼻を長く描かれているが、木が真ん中に書かれていることや、ここが川の側ということで木葉天狗だと思われる。
きみちゃんが言うには、この辺は20年ほど前は、只の川っぺりで今みたいに遊歩道が出来てなく、たくさんの木が生えていたそうで、そこに目立って大きく立派な木が生えてたそうだ。
しかし、この地区が開発され、建物が増えたことにしたがって、この川も舗装され、辺りに生えていた木々は伐採されたそうだ。
当時その大きな木は天狗が宿っているとされ、みんなに親しまれていたのだろう。それを切り倒すにあたって悲しみを覚えた人々がこの絵を追悼の絵としてここに描いたのだろう。


この天狗が水色をしているのは人々の悲しみがこもっているからだ。
この天狗が両手を広げているのは人々に別れを告げ、空に帰っていったからだ。
そしてこの絵がここに描かれたのは人々が決してこの天狗の事は忘れないという誓いがあったからだ。


これがまさしくアートではないだろうか?
俺は正直今までここまで心揺さぶられた絵は無かった。
こんな街角の川っぺりで、地元の人間しか知らない普通の散歩道の傍らで。


きっと、天狗の両脇の木がもっと大きくなってこの天狗を覆い隠すようになった時、この天狗は再びここに舞い戻ってくる。

そんな気がしてならない。
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プロフィール
HN:
Marquee Djomula
性別:
男性
自己紹介:
マーキー・ジョモラ

2000年にオーストラリア、北東アーネムランドで伝説のイダキ(ディジュリドゥ)マスター、ジャルー・グルウィウィと出会い、イダキの伝統奏法、伝統曲、製造方法と文化を学ぶ。
13日間に及ぶ儀式に参加を許され、一族の血を表す赤オーカー(儀式の際身体につける顔料)を受ける。
守護霊と3つの名前 、秘密の名前をもらいジャルーの孫として受け入れられる。
二回目の訪問により太古の日本人がカヌーで村を訪れたという唄を歌い継いでいる事を知る。

2004年にアイヌ民族にディジュリドゥと同じ原理の単筒笛(たんとうてき)、へニュードとイオンカを発見。その伝承者、石井ポンペ氏(ヘニュード)、故・秋辺今吉氏(イオンカ)と出会い、ジャルーより学んだ製法によりへニュードとイオンカの制作を始め、漆ヘニュード・漆イオンカに辿り着く。
その他、約三年に渡るフィールドワークにより沖縄の単筒笛の存在、東北蝦夷のコサ笛の伝統的な作り方を発掘。

現在、古代ヤポネシア精神を復興する為に全国各地でのソロ演奏活動や日本列島における単筒笛文化啓発活動をしながら、故・秋辺今吉氏の意思を継ぐ為にワークショップも主催。

ソロ活動の他にトライヴァルロックバンド・アイヌアートプロジェクトでの演奏や、石井ポンペ氏との共演を重ね、伝統奏法を元に新たなヤポネシア奏法を模索し続けている。



黒潮文化の会代表。
http://marqueedjomula.web.fc2.com/index_mg.html


hi i`m marquee djomula. i study traditional aboriginal music. when i was 23years old, i met one great parson,djalu gurruwiwi. he gave me big love and secret name to me. he teach me how to play yolung style.and how to make yidaki. and join to dance on 13days ceremony.and djalu painted red orcar on my body. then i start visit djalu and lean spirit. when i visit secand time,djalu teach me one story from longlong time ago. it`s about japanese people visited the yolng villege by cunoe and dancing together. yolng people has a song about it and still sing on ceremony. it`s very very important for japanese people`s spirit and mind. perhaps can find a didgeridoo conection about from yaponesia to sundaland! when i was 26years old i find a japanese indigenous people(call ainu) have same principle of didgejedoo. call henyudo or ionka. then i start seaching yaponesian(japan`s old name.befor civilization) music and revivaling henyudo and ionka culture with last legendaly parson.


E-mail: marqueedjomula@gmail.com

★CD(古いCDデッキだと再生されない事があります)
Return to tribe
Marquee djomula
¥2000

★ディジュリドゥ教則DVD
How to traditional style 初級者編
\3500

CDとDVDはmarqueedjomula@gmail.comへご連絡ください。



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※このブログに書いてある内容、その他の権利はマーキー・ジョモラ本人にあります。許可無く転載は一切する事が出来ません。
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